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共感力が高すぎると疲れるのはなぜか。共感とEQの違いから考える

更新日:8月16日

共感力が高すぎると疲れるのはなぜか。共感とEQの違いから考える

【目次】

 

 


【この記事のポイント】

 ・共感力が高すぎること自体は、短所ではありません

・疲れの原因は、共感力の高さではなく「共感に俯瞰が伴っていない状態」にあります

・共感力とEQは別のものです。EQは感情を「情報」として読み取り、共感と俯瞰を行き来する力です

・共感力は、鍛えるものではなく「整える」ものです


 相手の機嫌や場の空気を敏感に感じ取ってしまう。頼まれると断れない。気づけば、人の悩みまで自分のことのように抱え込んでいる。そんな自分に疲れて、「共感力が高すぎるのかもしれない」と検索された方も多いのではないでしょうか。

 

 この記事では、共感力の高さそのものではなく、「共感に俯瞰が伴っていない状態」が疲れの原因であることを、EQ(感情知能)の視点から整理します。共感力を下げるのではなく、活かしたまま疲れなくなる考え方をお伝えします。


共感力とEQの違い(概要) 

観点

共感力

EQ(感情知能)

どんな力か

相手の感情を自分のことのように感じ取る力

自分と相手の感情を「情報」として認識し、扱う力

意識の向き

相手に向かい続ける

「共感」と「俯瞰」を行き来する

高いとき起きること

相手の疲れや不安が自分に流れ込んでくる

感じ取ったうえで、どう関わるかを選べる

高い場合の疲れとの関係

抱え込みやすく、消耗しやすい

感じても流されないため、消耗しにくい

 

  

共感力が高すぎるとは、どのような状態か

 

 共感力が高すぎるとは、相手の感情を自分のことのように感じ取る力が強く働きすぎて、自分の感情との区別がつきにくくなっている状態として、しばしば認識されます。

 

 あなたは、次のような項目に、いくつあてはまるでしょうか。

 

  • 相手が疲れていると、自分まで疲れてくる

  • 人が怒られているのを見ると、自分が怒られているように感じる

  • 頼まれごとを断れず、気づけば手一杯になっている

  • 会議や集まりのあと、どっと消耗している

  • 相手の機嫌の変化に、誰よりも早く気づいてしまう

  • 「あの一言はまずかっただろうか」と、あとから何度も反芻する

 

 多くあてはまった方に、先にお伝えしたいことがあります。共感力が高すぎることは「直すべき欠点」ではない、ということです。

 

 相手の感情を感じ取る力は、信頼関係を築くうえで替えのきかない土台になります。問題はその力の高さではなく、感じ取ったものを受け止めたまま、抱え続けてしまうことにあります。言いかえると、「共感」に「俯瞰」が伴っていない状態です。この構造を、順番に見ていきます。

 

 

共感力が高すぎる人が疲れやすい理由

 

 共感力が高い人が疲れやすいのは、受け取る感情の量が多いからだけではありません。受け取った感情が、整理されないまま自分の中に溜まっていくからです。

 

 感じ取る力が強い人は、日々、他の人より多くの感情の情報を受信しています。受信すること自体は消耗しません。消耗するのは、受信したものが「相手の感情」なのか「自分の感情」なのか、区別がつかないまま混ざってしまうときです

 

 たとえば、メンバーの表情が曇っていることに気づいたとき。「何かあったのかな」と気にかけるところまでは、感じ取る力が働いているだけです。ところが、そのモヤモヤが夜まで頭から離れず、自分の仕事が手につかなくなっているとしたら、相手の感情が自分の感情と混ざり始めています。

 

 ここでは、この状態を「感情の混乱」と名付けましょう。不安や焦りに感情が流されると、目の前の出来事にただ反射的に「反応」するようになり、どう関わるかを選ぶ余裕がなくなっていきます。やるべきことと、やらなくていいことの区別がつかなくなるのです。

 

 疲れの正体は、共感力の高さではありません。感情が混ざり、ニュートラルな状態を失っていることです。ここを取り違えて「共感力を下げよう」「鈍感になろう」とすると、せっかくの感じ取る力まで手放すことになってしまいます。

 

 実際の現場でも、この構造は繰り返し確認されています。Potageはこれまで、800名ほどのビジネスパーソンにEQ検査(EQPI)を実施し、結果の分析とフィードバックを重ねてきました。そのうちおよそ4分の1が、人をマネジメントする立場の方々です。その中で、共感力の高い方々には共通する消耗のパターンが見えています。

 

 周りに気を使いすぎて、いつも疲れている。誰かが違うことを言い始めると、そこに振り回されてしまう。相手が困っていると、自分の得意なことでなくても手を貸してしまい、気づけば身動きが取れなくなっている。そして特徴的なのは、誰かに頼まれたわけでもないのに、「こうすると相手が喜ぶんじゃないか」という想像上のニーズに応えようとして、自分で自分にタスクを課してしまうことです。

 

 さらに、こうした方々には、もうひとつ共通する傾向があります。自分の本音に目を向けていないことです。「疲れているから休みたい」という心の声が聞こえたとき、「これは私のわがままだから」と押し殺してしまう。すると休めなくなり、自分の時間がなくなり、疲労が積み重なっていきます。自分で決めてコントロールできる範囲が減っていくと、人は「自分ならできる」という感覚(自己効力感)を少しずつ失っていきます。関わる人の数が増えるほど、この消耗は加速します。

  

 

エンパス・HSPとは何か。共感力の高さとの関係

 

 共感力の高さについて調べると、「エンパス」や「HSP」という言葉に出会います。初めて見る方のために、簡単に整理します。

 

 HSPは「Highly Sensitive Person」の頭文字で、感受性が生まれつき特に高い人を指す心理学の概念です。アメリカの心理学者エレイン・アーロン博士が1996年に提唱しました(出典:エレイン・N・アーロン『ささいなことにもすぐに「動揺」してしまうあなたへ。』冨田香里訳、講談社、2000年。原著 The Highly Sensitive Person、1996年)。音や光などの刺激に敏感である点まで含む、広い気質の概念です。

 

 エンパスは、他者の感情をまるで自分のことのように感じ取る人を指す呼び名です。アメリカの精神科医ジュディス・オルロフ氏の著書などを通じて広まりました(出典:ジュディス・オルロフ『LAの人気精神科医が教える共感力が高すぎて疲れてしまうがなくなる本』桜田直美訳、SBクリエイティブ、2019年。原著 The Empath's Survival Guide、2017年)。こちらは学術的に確立した診断名ではなく、特徴を表す通俗的な言葉として使われています。

 

 どちらの言葉も、自分の状態に名前がつくことで楽になる面があります。一方で、「生まれつきの気質だから、距離を置いて自衛するしかない」という結論で止まってしまいやすい言葉でもあるかもしれません。

 

 Potageの見方は少し違います。気質そのものは変えられなくても、感じ取ったあとの「状態」は整えられる、と考えています。感じ取る力が強いことと、感じ取ったものに飲み込まれることは、別の話だからです。

 

 なお、眠れない日が続く、気分の落ち込みが長引くなど、心身の不調が続いている場合は、無理をせず医療機関や専門家に相談してみてください。

  

 

共感力とEQの違い

 

 共感力とEQは、しばしば似たようなものとして語られることがありますが、別のものです。

 

 EQ(感情知能)とは、自分と相手の感情を「情報」として適切に認識し、扱う力です。感情を押し殺す技術ではありません。共感は、EQを構成する要素のひとつであって、EQそのものではないのです。

 

 EQには、大きく2つの段階があります。

 

 第一の段階は、感情を「見つける」ことです。多くの人は、モヤモヤした気持ちに蓋をして、感じなかったことにして行動へ急ぎます。自分の気持ちに蓋をせず、「いま自分は焦っている」「あの一言が引っかかっている」と気づけるようになること。これがEQの出発点です。

 

 第二の段階は、見つけた感情を踏まえて「調整する」ことです。感じ取った情報をもとに、いつ、どう関わるかを選ぶ。ここで働くのが「共感」と「俯瞰」の行き来です。相手の気持ちに寄って感じ取り、いったん引いて全体を眺め、また寄る。この往復ができると、感じ取る力は消耗の原因ではなく、判断の材料になります。

 

 この違いは、「遠慮」と「配慮」の違いにも表れます。遠慮は、我慢し続けて自分の意見を出せない状態です。配慮は、自分の本音を、周りが傷つかないよう適切なタイミングで伝えられる状態です。どちらも相手を思う気持ちから始まりますが、遠慮は共感に飲み込まれた状態、配慮は共感と俯瞰を行き来できている状態と言っていいでしょう。

 

 共感力が高すぎて疲れている方は、能力が足りないのではありません。すでに強力な「感じ取る力」を持っていて、「俯瞰との行き来」がまだ加わっていないだけなのです。

  

 

共感力が高すぎるマネージャー・中間管理職の方へ。チームでの活かし方

 

 共感力の高さに疲れている方の中には、チームを預かる立場の方も多いのではないでしょうか。メンバーの様子が気になり、頼られれば応え、気づけば全員の感情を一人で引き受けている。そんなマネージャー・中間管理職の方に、Potageの1on1で出会った話をご紹介します。

 

 配慮がとても強く、メンバーの求めに何でも応えようとするマネージャーの方が、あるときこう漏らしました。「時々、舌打ちしたくなる自分がいて、それが嫌なんです」。

 

 優しくありたい自分の中に、苛立つ自分がいる。それを恥じている様子でした。しかし、この「舌打ちしたくなる自分」は、悪者ではありません。やりすぎないためのブレーキとして出てきた、本音のサインです。その声を押し殺すのではなく、「自分はいま、応えすぎているのかもしれない」という情報として受け取れたとき、この方の仕事はむしろ前に進み始めました

 

 似た場面には、EQ検査のフィードバックでも繰り返し出会います。押し殺してきた本音が顔を出したとき、ある方はそれを「自分の黒い側面」と表現しました。優しくあろうとしてきた自分の中の、認めたくない部分という感覚だったのだと思います。けれども、Potageの見方は逆です。黒ではなく、白。その声は、自分を守ろうとして働く自浄作用のようなものです。悪者にして押し込めるのではなく、スポットライトを当てて聞いてあげる。そこから、抱え込みは少しずつほどけていきます

 

 メンバーへの寄り添い方は、べったり寄り添い続けることではありません。かといって、突き放すことでもありません。「関心を持ちつつ、干渉しない」という距離感が、その間にあります。

 

 Potageはこれを、楽器の調律師にたとえて考えています。調律師は、弦を直接弾く演奏者ではありません。全体の響きを聴きながら、張りすぎた弦を少し緩め、緩んだ弦を少し張る存在です。メンバー全員の感情を自分で引き受けるのではなく、チーム全体の響きを聴く側に回る。共感力の高いマネージャーがこの位置に立てたとき、感じ取る力はチームの調律に活きる力へと変わります。


 チーム全体の響きから整えていく関わり方を、Potageでは「組織調律」と呼んでいます。個人の頑張りだけでは噛み合わないと感じている方は、こちらもご覧ください。 

 

 なお、マネージャーが感情を一人で抱え込んでしまう背景には、本人の性格だけでなく、役割分担や期待値のズレといったチームの構造の問題が隠れていることが少なくありません。個人の努力だけで解決しようとせず、構造から見直す視点については、関連記事もご覧ください。

  

 

疲れずに共感力を活かすには

 

 共感力が高すぎて疲れている人に必要なのは、共感力を下げることでも、鍛え直すことでもありません。「整える」ことです。張り詰めた弦を緩めるように、混ざってしまった感情をほどいて、本来の感じ取る力が自然に働く状態に戻していきます。

 

 順番は、EQの2段階と同じです。

 

 最初の一歩は、感情に蓋をしないことです。モヤモヤしたとき、「こんなことで疲れてはいけない」と打ち消すのではなく、モヤモヤしている自分に気づくこと。それだけで、感情は「正体不明の重さ」から「扱える情報」に変わり始めます

 

 次に、そのモヤモヤを外に出してみます。モヤモヤは、見えていないからモヤモヤなのです。ノートに書き出す、信頼できる人に「ちょっと聞いてもらえますか」と話してみる。外に出して初めて可視化され、解像度が上がります。出すのをためらうのは、「ちゃんと説明しなければ」というプレッシャーのせいであることが多いのですが、結論もまとまりもない状態のまま出して構いません。

 

 そのうえで、感じ取った感情が「誰のものか」を分けてみます。いま抱えている重さのうち、自分の感情はどれで、相手から流れ込んできたものはどれか。書き出したものを眺めると、相手の課題まで自分の宿題にしていたことに気づけることがあります。

 

 あわせて、おすすめしたいことがひとつあります。自分にとっての「聖域」を作ることです。1日15分でいいので、誰にも干渉されず、誰にも気を使わない、自分だけの時間を決めて、キープし続ける。気合いで確保するのではなく、生活の構造として組み込むのがコツです。聖域の意味は、休息そのものよりも、「自分のことを自分で決める」という感覚を取り戻すことにあります。この感覚が戻ってくると、自分を大事にする気持ちと、周りを大事にする気持ちのバランスが取れるようになっていきます。

 

 実際にあった変化を紹介します。人を優先しがちな共感型の方が、EQ開発に取り組み、2年ぶりにEQ検査を受けたところ、自己感情認知(自分の気持ちに気づく力)が大きく上がっていました。その方が実際にやったことは、家族のために毎日作っていたお弁当を、やめると宣言したことでした。聞けば、誰かに頼まれたわけではなく、「こうすると喜ぶんじゃないか」と想像上の相手のニーズに応えて、自分で自分にタスクを課していたことに気づいたのだそうです。理由を説明してやめてみると、家族も受け入れてくれて、ご本人は大きな解放感を得られました。「自分で決める」という感覚が戻り、めぐりめぐって、家族との対話や、相手を理解しようとする姿勢が生まれた。想像上の相手に応え続けるのをやめたことで、かえって本当の意味で相手に寄り添えるようになったのです

 

 共感力を働かせる先を、想像上のニーズから、実際に相手から出てきたニーズへ。そして、空いた自分のリソースを、少しだけ自分に振り向ける。距離の取り方に迷ったら、ほんの1メートル、ときには30センチでも引いてみる。それだけで、見える景色は変わります。

  

 

よくある質問 


Q. 共感力が高すぎるのは短所ですか?

 

A. 短所ではありません。相手の感情を感じ取る力は、信頼関係を築くうえで替えのきかない強みです。疲れの原因は共感力の高さではなく、感じ取った感情が自分の感情と混ざったまま整理されていない状態にあります。感じ取った後の状態は整えることができます。

 

 

Q. EQと共感力は違うものですか?

 

A. EQと共感力は、違うものです。共感力は相手の感情を自分のことのように感じ取る力で、EQ(感情知能)は自分と相手の感情を「情報」として認識し扱う力です。共感はEQの構成要素のひとつです。EQは「共感」と「俯瞰」を行き来する力を含むため、EQが働いていると、感じ取ってもその感情に飲み込まれにくくなります。

 

 

Q. 共感しすぎて疲れるとき、何から始めればいいですか?

 

A. 自分のモヤモヤに蓋をせず、気づくことから始めてみてください。次に、ノートに書き出すなどして外に出すと、感情が可視化されて扱いやすくなります。そのうえで「これは誰の感情か」を分けてみると、相手の課題まで抱え込んでいたことに気づきやすくなります。あわせて、1日15分だけ誰にも気を使わない自分の時間を「聖域」として確保するのもおすすめです。

  

 

まとめ:共感力は下げるものではなく、整えるもの

 

 共感力が高すぎて疲れるのは、感じ取る力が強いからではなく、感じ取った感情が自分の感情と混ざり、ニュートラルを失っているからです。必要なのは鈍感になることではなく、「共感」と「俯瞰」を行き来できる状態に整えることです。その力を測り、扱えるようにするのがEQ(感情知能)です。

 

 自分の感情の癖を知ることは、整える第一歩になります。PotageのEQPI®診断は、EQと性格特性をあわせて可視化し、アナリストとの1on1で結果を一緒に読み解きながら、自分の感じ取り方の癖を言葉にしていきます。Potageの公式LINEでは、しばしばEQ診断のキャンペーンを配信しています。共感力の高さを消耗の原因ではなく、強みとして活かしたい方は、ぜひLINEにご登録ください。



 ご自身の状態を知ることから始めたい方には、Potage公式LINEで、EQ診断のご案内を行っています。ぜひご登録ください。


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