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中間管理職の「板挟み」はなぜ起きるのか。その正体と、抜け出すための視点

中間管理職の「板挟み」はなぜ起きるのか──しんどさの正体と、抜け出すための視点

目次




板挟みの正体──上と下から引っ張られる消耗の構造


 中間管理職という役割で板挟みに苦しんでいる方は、少なくないのではないでしょうか。上からは「数字を出せ」「若手を育てろ」「定期的に1on1を実施しろ」「心理的安全性のあるチームをつくれ」と、次々に高度な要求が降ってきます。一方、下からは「もっと関わってほしい」「でも細かく干渉しないでほしい」という、矛盾したメッセージが届く。そして、自分自身のプレイヤーとしての業務量は一切減りません。


 なぜ、こんなことが起きるのでしょうか。


 答えはシンプルです。今の日本企業の多くが、「プレイヤーとして優秀だった人」を、そのままの業務量を抱えさせた状態で管理職に昇格させるという構造を取り続けているからです。


 彼ら彼女らは、もともと現場の最前線で成果を出してきたトップパフォーマーたちです。当然、その人が現場から完全に抜けてしまえば、短期的にはチームの数字が回りません。だから昇格したあとも「プレイングマネージャー」として、重要顧客や難易度の高い実務を抱えたままになります。しかも「マネージャーとは何か」と誰に教わるわけでもなく、「自分でどうするかは考えなさい」と現場に放り出されるわけです。


 そんな中間管理職が、やっとの思いで1on1の時間を捻出したとしましょう。けれども頭の片隅には未処理のタスクがちらついていて、PCの通知音が鳴るたびに視線が泳いでしまう。部下は、その微妙な空気を残酷なほど正確に察知します。「ああ、この人は忙しいんだな」「本当は自分の話をじっくり聞きたいわけではないんだろうな」──そう感じた若手は、それ以上相談して時間を奪うのは申し訳ないと遠慮し始めます。良かれと思って設定したはずの面談が、逆に若手の心を少しずつ遠ざけていく。これは個人の努力で解決できる次元を超えた、「構造的なエラー」と言えるのではないでしょうか。



なぜ「もっと頑張れ」では変わらないのか


 若手の離職やチームの機能不全に危機感を抱いた企業が、こぞってマネジメント研修を実施します。1on1のやり方、傾聴技法、効果的なフィードバックの手法。どれも大切です。けれども、どれだけ質の高い研修を受けても現場が変わらないケースが後を絶ちません。その理由は明確です。問題の本質が「スキルの欠如」ではなく、「構造の欠陥」と「感情認識の希薄化」にあるからです。


 忙しすぎる中間管理職を追い詰めているのは、実は物理的な忙しさだけではありません。その正体は「感情の混乱」です。やるべきことと、やらなくていいことの仕分けができなくなっている──そんな心理状態に陥っています。


 以前、ある企業の中間管理職の方との対話で、ハッとさせられる言葉がありました。「頭ではわかっているんです。でも、次から次へと降ってくるタスクの前で、どれが本当にやるべきことで、どれがやらなくていいことなのか、もう分けられなくなっているんです」。


 これは、たとえるなら、肩こりがひどくなりすぎた身体のような状態かもしれません。首や肩がガチガチに固まってしまうと、自分ではどこが凝っているのかすら、もうわからなくなりますよね。痛みに慣れてしまって、本来の楽な状態がどんなだったか思い出せなくなる。中間管理職の「感情の混乱」も、それとよく似ています。あらゆる業務が自分を経由しないと進まない「組織のボトルネック」と化してしまい、一部の過剰な当事者意識が、チーム全体のパフォーマンスを静かに落としていくのです。


 EQ(感情知能)の文脈では、この状態を「現状認識力の不足」と呼んでいます。EQのポテンシャルが低いのではありません。あまりのプレッシャーによって、感情と適切な距離を取る「ニュートラルな状態」を失い、現状を的確に認識する力を失っているだけなのです。EQとは感情を押し殺す技術ではなく、感情を情報として読み取る力です。その力が、忙しさの渦の中で埋もれてしまっています。



【ここまでのポイント】

  • 板挟みは個人の努力では解決できない構造的なエラー

  • 問題の本質は感情の混乱と構造の欠陥

  • スキルより先に「感情を整える」ことが必要

  


「整える」という視点──鍛えるでも放任でもない距離感


 では、どうすればいいのでしょうか。


 私たちPotageは、中間管理職の課題に向き合うとき、「鍛える」とか「がんばらせる」という言葉を使いません。意図的に「整える」という言葉を選んでいます。余計な緊張の糸を優しくほどいて、その人が本来持っている力と感情が自然に発揮できる状態に戻していく。それが「整える」の意味です。


 私はよく、この「整える」をピアノの調律師にたとえます。調律師は、自分で鍵盤を弾いて演奏するわけではありません。一本一本の弦に耳を澄ませて、張り詰めすぎている弦は少しだけ緩め、緩みすぎている弦には少しだけ張りを与える。そうやって、すべての弦がちょうどいいバランスで響き合う状態をつくっていきます。一本の弦だけが限界まで張り詰めていたら、どんなに美しい曲を弾こうとしても、そこだけ音が割れてしまいますよね。組織もまったく同じではないでしょうか。


 中間管理職に求められる「寄り添い」も、この調律師の姿勢と重なります。それは、べったり張り付いて部下の一挙手一投足に口を出す「過干渉」でもなければ、「君を信頼しているから自由にやっていいよ」と手を離す「放任」でもありません。部下に関心を持ちつつも干渉しすぎない、自立した距離感を保つこと。ニュートラルな位置に立ち、本当に必要なタイミングでだけ適切なチューニングをかける。それが真の心理的安全性を支えるマネジメントなのかもしれません。


 では、具体的に何から始められるでしょうか。小さな、しかし確かな一歩を2つご紹介します。


1.1on1の問いをEQ的に変えてみる


 「今、困っていることは?」という業務ベースの問いではなく、「最近の仕事で、いちばん心が動いた場面は?」と聞いてみてください。この問いには、相手のモチベーションの源泉や、目に見えないストレスなど、感情のヒントが詰まっています。そしてその答えを、チームの構造として「どこにボトルネックが隠れているのか」を見つける手がかりにしてみてください。


2.週に一度、15分の「定点観測」の時間を取る


 自身の業務の手をいったん完全に止めて、チーム全体を俯瞰で眺める時間を確保してみてください。「今、うちのチームの弦はどこが緊張しすぎているか? どこが緩みすぎているか?」を調律師の視点で考えてみる。この定点観測の習慣が、手遅れになる前の小さなチューニングを可能にします。



板挟みはあなたのせいではない、でも変えられる


 板挟みは、構造の問題です。個人の努力には限界があります。


 日本の多くの組織が抱える課題の中心には、いつも責任感ゆえに孤独に戦う中間管理職の姿があります。彼ら彼女らを責めるのではなく、構造の犠牲者として救い出すこと。そしてチームが持続的に成果を出せる「構造と環境」を整えることこそが、中間管理職の本来のミッションなのかもしれません。

自分自身がプレイヤーとして目先の成果を出すことではなく、メンバーが自律的に動きやすく、失敗から学べる安全なチームをつくること。その視点の転換が、板挟みから抜け出す第一歩になるのではないでしょうか。


 あなたのチームの弦は、今どこが張り詰めていますか。

 

▼ もっと深く知りたい方へ

この記事の元になったCOMEMO記事「EQ時代の中間管理職サバイバル論①」では、構造的な課題と感情の混乱についてさらに詳しく解説しています。



 
 
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